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岡山地方裁判所 昭和60年(ワ)692号 判決

原告 小野忠夫

被告 岡山県

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、五四〇万二二五四円及びこれに対する昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大正三年一二月二五日生まれであるが、昭和二五年三月三一日被告公立学校教員に採用され、以来被告職員として勤続したが、地方公務員法(以下「地公法」という。)の一部を改正する法律(昭和五六年法律第九二号)附則(以下「法附則」という。)三条の規定により、職員の定年等に関する条例(昭和五九年岡山県条例第一六号、以下「定年制条例」という。)の施行の日である昭和六〇年三月三一日に職を免ぜられた。

2  原告は、昭和六〇年五月一八日、被告から退職手当として、岡山県職員の退職手当に関する条例の一部を改正する条例(昭和五九年岡山県条例第一七号)附則(以下「改正条例附則」という。)三項の規定により、改正前の岡山県職員の退職手当に関する条例(以下「旧条例」という。)四条一項を適用して、二〇一三万二二五五円を支給された。

3  しかし、原告の退職手当には、改正後の岡山県職員の退職手当に関する条例(以下「新条例」という。)五条一項が適用されるべきである。その理由は、以下のとおりである。

すなわち、改正条例附則三項は、高齢者に対し単に高齢という理由だけで不利益な取扱いを定めたものであり、右取扱いはそれに応ずる義務のない退職勧奨を拒否した事実の存在によつて合理化することはできない。また、改正条例附則三項は、旧条例の規定を適用することを定めているものであり、法の一般原則にも反している。しかも、国家公務員については、定年制条例の施行の日に満六〇歳を超えている者も、右の日に満六〇歳である者と同一の支給割合の退職手当が支給されている。これらの点を考え合わせれば、改正条例附則三項は、憲法一四条一項、地公法一三条、一四条及び労働基準法(以下「労基法」という。)三条に違反しており、新条例五条一項は、年齢を問わず、原告のように二五年以上被告職員として勤続し、定年制条例の施行により意に反して職を免ぜられた者全員の退職手当に対して適用すべきであることが明らかである。

したがつて、原告は被告に対し、新条例五条一項が適用された場合に支給されるべき退職手当の額二五五三万四五〇九円と現実の支給額二〇一三万二二五五円の差額である五四〇万二二五四円の支払請求権を有している。

よつて、原告は被告に対し、退職手当の差額金として五四〇万二二五四円及びこれに対する退職手当支給日である昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3は争う。

三  被告の主張

1  原告は、任命権者により昭和四九年二月下旬及び昭和五〇年二月下旬に行われた退職勧奨を拒否し被告職員として在職を続け、昭和六〇年三月三〇日現在において満七〇歳であつたところ、法附則三条の規定により、定年制条例の施行の日である昭和六〇年三月三一日に退職した。そこで、被告は、原告に対する退職手当については、改正条例附則三項の規定により、旧条例四条一項を適用して支給した。

2  (一) 法附則三条の規定による退職者の退職手当については、改正条例附則二項及び三項で規定しており、そのうち二項は、右の者のうち昭和五九年四月一日以後に定年に達した者、及びこれらの者との権衡上同等の取扱いが必要と認められる者で任命権者が知事の承認を得て定めるものについては、定年制条例二条の規定による定年退職者と同一の支給割合による退職手当を支給する旨定め、また、三項は、前項の規定の適用を受ける者以外の者については旧条例の規定を適用して支給する旨定めている。これらの趣旨は、在職中に退職勧奨を受けていない者には改正条例附則二項を適用して従来の勧奨退職による退職手当を支給し、在職中に退職勧奨を受けたがこれを拒否し在職を続けた者には同三項を適用して従来の普通退職による退職手当を支給する、というものである。

(二) 昭和六〇年三月三一日付けで退職した者のうち、過去任命権者の行つた退職勧奨を拒否し在職を続けた後、退職時に満六一歳以上で法附則三条の規定により退職した者(以下「該当する退職者」という。)に対する退職手当について、各都道府県においてとつた措置は、次のとおりである。

(1) 岡山県と同様に措置した都道府県は次のとおりである(なお、括弧内の数字は該当する退職者の人数を示している。以下同じ。)。

青森県(一一人)、秋田県(三人)、茨城県(五二人)、栃木県(一三人)、千葉県(九四人)、長野県(五三人)、三重県(三人)、京都府(一三人)、大阪府(一六〇人)、山口県(一一人)、徳島県(六人)、香川県(五人)、佐賀県(五九人)、宮城県(一人)、静岡県(三四人)

(2) 岡山県と同様に措置したが、該当する退職者がいなかつた都道府県は次のとおりである。

岩手県、愛媛県

なお、岩手県は教育委員会以外の部局に該当する退職者が一人いた。

愛媛県は六〇歳の退職者が一人いた。

(3) 国と同様に措置した都道府県は次のとおりである。

石川県(二五人)、鳥取県(一人)、福岡県(五〇人)、熊本県(二一人)、群馬県(二〇人)、埼玉県(一七人)、宮崎県(一七人)、鹿児島県(四人)、和歌山県(四五人)、福井県(四人)、千葉県(二五人)

(4) 国と同様に措置したが、該当する退職者がいなかつた都道府県は次のとおりである。

福島県、富山県、岐阜県、山梨県、北海道、島根県

(5) その他の措置をとつた都道府県は次のとおりである。

(ア) 教育職給料表を受けている者は国と同様に措置したが、その他の者については岡山県と同様に措置した都道府県滋賀県(国と同様の措置により退職した者〇人、岡山県と同様の措置により退職した者八人)

(イ) 支給割合(退職手当の算定において適用条文ごとに条例で規定している割合)については国と同様に措置したが、勤続期間の計算については勧奨拒否のあつた年度の次の年度以降の在職期間は当該退職手当の勤続期間には含めないこととした都道府県

大分県(二〇人)

(ウ) 支給割合については岡山県と同様に措置したうえで、さらに当該退職者の勤続期間が一定年数以上の場合には退職手当額を一割増額して支給することとした都道府県

広島県(一一人)、長崎県(七人)

なお、広島県の場合、一定年数とは二〇年以上である。長崎県の場合、一定年数とは二五年以上である。

(エ) 支給割合については岡山県と同様に措置し、さらに勤続期間の計算については勧奨拒否のあつた年度の次の年度以降の在職期間は当該退職手当の勤続期間には含めないこととした都道府県

新潟県(一九人)、愛知県(三人)、高知県(一四人)、兵庫県(五六人)

(オ) 法附則三条の規定により退職することとなる者がいなかつたので、措置しなかつた都道府県

奈良県、山形県、沖縄県

(カ) 支給割合については岡山県と同様に措置し、さらに従前から勤続期間の計算については六〇歳に達した日以後の直近の三月三一日を超える在職期間は当該退職手当の勤続期間には含めていない都道府県

東京都(四二七人)

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(原告の生年月日、採用、退職)及び2(退職手当の支給)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右一の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨を合わせれば、原告は、任命権者により行われた退職勧奨(自発的な退職意思の形成を慫慂するためにする説得等の事実行為)を拒否し被告職員として在職を続け、昭和六〇年三月三〇日現在満七〇歳であつたところ、法附則三条の規定により定年制条例の施行の日である昭和六〇年三月三一日に退職し、その退職手当については、被告から改正条例附則三項の規定により旧条例四条一項を適用して支給されたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、改正条例附則二項及び三項によれば、原告に対する退職手当については、同三項により旧条例四条一項が適用されるのであつて、新条例五条一項が適用されないことが規定の文言上明らかである。

原告は、改正条例附則三項は、高齢者に対し単に高齢という理由だけで不利益な取り扱いを定めたものであり、また法の一般原則に反し改正前の旧条例を適用することを定めているものであつて、しかも国家公務員については、定年制条例の施行の日に満六〇歳を超えている者も右の日に六〇歳である者と同一の支給割合の退職手当が支給されているのであるから、同三項は、憲法一四条一項、地公法一三条、一四条及び労基法三条に違反している、と主張する。

そこで、以下原告の右主張について検討する。

(一)  従来、被告職員については、他の都道府県職員と同様に定年制が実施されておらず、定年制条例の施行に伴う改正前の旧条例は、その四条一項において二五年以上被告職員として勤続して退職した者の退職手当の原則的支給割合を定め、さらにその五条一項において例外的に右の者のうちその者の非違によることなく勧奨を受けて退職した者であつて任命権者が知事の承認を得たものには右原則的支給割合を超える支給割合による割増退職手当を支給する旨定めていた。その後、地公法が改正され、その二八条の二の規定により地方公務員について一般的に定年制が実施され、これに伴い、被告職員についてはさらに定年制条例が制定され、これらの法律及び条例は、被告職員は、定年(原告などの被告公立学校教員については定年は六〇歳である。)に達した日以後における最初の三月三一日に退職する旨定め、さらに、法附則三条は、各都道府県において定年制を定める条例の施行の日の前日までに右条例で定年として定められた年齢に達しているものは、条例の施行の日に退職する旨定めた。定年制条例の施行に伴う改正後の新条例は、その五条一項において、旧条例五条一項で右のとおり定める者に加えて二五年以上被告職員として勤続し定年に達したことにより退職した者にも、旧条例五条一項の定める支給割合と同一の支給割合による割増退職手当を支給する旨定めている。そして、法附則三条の規定による退職者の退職手当については、改正条例附則二項及び三項で規定しており、そのうち二項は、右の者のうち昭和五九年四月一日以後に定年に達した者、及びこれらの者との権衡上同等の取扱いが必要と認められる者で任命権者が知事の承認を得て定めるものについては、これらの者が改正条例の施行の日の年齢において同日定年に達したことにより退職したとしたならば支給されることとなる退職手当の額とする旨定め、また、三項は、前項の規定の適用を受ける者以外の者については旧条例の規定を適用する旨定めている。

(二)  ところで、相当の年齢に達した職員にあつては、個人差はあるものの一般的には当該職員に要求される労働の適格性が逓減するにもかかわらず、給与がかえつて逓増することは明らかであり、また個々の職員について労働能力を厳密に測定することは技術的に困難であるから、被告が職員の高齢化による人事の停滞、公務能率の低下、人件費の膨張等を回避するため、一定年齢に達した職員について退職を勧奨し、これに応じて退職した者(以下「勧奨退職者」という。)に割増退職手当を支給することは合理的なものであるということができるし、また同様に、二五年以上被告職員として勤続し定年に達したことにより退職した者(以下「定年退職者」という。)にその功労報償として割増退職手当を支給することも合理的なものであるということができる。

右の点を前提に検討すると、なるほど、二五年以上被告職員として勤続し法附則三条の規定により退職した者はすべて定年制条例の施行によりいわば意に反して職を免ぜられたものであるということができるにもかかわらず、改正条例附則三項は、右の者のうち昭和五九年四月一日より前に定年に達した者を同二項所定の右の日以後に定年に達した者に比べて不利益な取扱いをするものということができる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和四八年度末(昭和四九年三月三一日)までは退職勧奨を行う年齢を満五九歳と定めて退職勧奨を行つてきたところ、昭和四九年度(昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日まで)は勧奨年齢延長の経過措置として退職勧奨を行う年齢を満五九歳及び満六〇歳と定めて退職勧奨を行い、さらに昭和五〇年度(昭和五〇年四月一日)以降退職勧奨を行う年齢を満六〇歳に繰り下げ、また昭和六〇年三月三一日の定年制条例の施行に伴い昭和五九年四月一日以降は退職勧奨を行つていないことが認められる。そうすると、二五年以上被告職員として勤続し法附則三条の規定により退職した者のうち昭和五九年四月一日以後に定年に達した者は、勧奨退職者と同様に退職勧奨を拒否したことはないのであるし、また、定年退職者と同様に六〇歳に達した日以後における最初の三月三一日に退職したのであるから、右の者に、勧奨退職者及び定年退職者と同一の支給割合による退職手当を支給することは合理的であるということができ、他方、勧奨退職者及び定年退職者に割増退職手当を支給することが合理的であるということができる以上、二五年以上被告職員として勤続し法附則三条の規定により退職した者のうち昭和五九年四月一日以後に定年に達した者に割増退職手当を支給することは合理的であるということができる。これに対し、二五年以上被告職員として勤続し法附則三条の規定により退職した者のうち昭和五九年四月一日より前に定年に達した者は、退職勧奨を拒否し、しかも定年制条例の施行後ならば定年退職すべき時期である六〇歳に達した日以後における最初の三月三一日以後も一年間以上在職を続けたのであるから、右の者に、勧奨退職者及び定年退職者と同一の支給割合による割増退職手当を支給することは必ずしも合理的ではなく、かえつてこれらの者との関係では不公平な結果を生じかねない。もつとも、国家公務員については、国は、二五年以上国家公務員として勤続し定年制施行の日(昭和六〇年三月三一日)の前日までに定年(六〇歳)に達していたことにより退職した者には一律に割増退職手当を支給しているが、弁論の全趣旨によれば、昭和六〇年三月三一日付で退職した者のうち、過去任命権者の行つた退職勧奨を拒否し在職を続けた後退職時満六一歳以上で法附則三条の規定により退職した者(すなわち昭和五九年四月一日より前に定年に達した者)に対する退職手当について、各都道府県においてとつた措置は、被告の主張2(二)記載のとおりであることが認められ、これによれば、被告と同様の措置をとつた都道府県が多数に上つているのであり、既に昭和五九年四月一日以後に定年に達した者と右の日より前に定年に達した者とを対比してみたところと合わせ考慮すれば、国が右措置をとつていることを理由に被告の改正条例附則三項で定めた措置が不合理ないしいわゆる情勢適応の原則に反する不適当なものであるということもできない。

そうすると、被告の改正条例附則三項で定めた措置は、合理的な根拠に基づくものであつて、いわゆる情勢適応の原則に反する不適当なものではないということができる。

したがつて、改正条例附則三項は、二五年以上被告職員として勤続し法附則三条の規定により退職した者のうち、昭和五九年四月一日より前に定年に達した者を右の日以後に定年に達した者に比べて不利益な取扱いをするものではあるが、前述のとおり、右取扱いは合理的な根拠に基づくものであつて、いわゆる情勢適応の原則に反する不適当なものではないと認められる以上、同附則三項が憲法一四条一項、地公法一三条、一四条及び労基法三条に違反するものということはできず、また改正条例附則三項が改正前の旧条例の適用を定めたことをもつて法の一般原則に反するということもできないので、これらの点に関する原告の前記主張は理由がない。

(三)  よつて、原告に対する退職手当については、旧条例四条一項を適用すべきであつて、新条例五条一項を適用すべきではないということができるから、原告の本訴請求はその前提を欠くものである。

三  以上の次第で、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉孝 安藤宗之 中村也寸志)

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